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先日バスに乗っていて、自分の通っていた小学校の前でずーっと渋滞していたことがあった。

その時、ふと、昔、遠足の日の朝に、お弁当が間に合わなくて、
観光バスがもう来てしまったときに、
慌てて母が「あっちゃーん」と校庭に駆けて入って来て、ギリギリ間に合った、、、、、
という苦い経験を想い出した。

寝坊した母が、必死で作って持って来てくれたお弁当。
あの時は、自分もハラハラして、生きた心地がしなくて、きっと、母を恨めしく思ったかもしれないが、
今となっては、そんな想い出が愛おしくて、悲しくて、
やっぱり涙が出て来てしまう。


バスに揺られながら、
自分がこの町に何年住んでいたのか、改めて数えて、愕然とした。
結婚して他県に移住したこともあったが、
その期間を抜いても、この街周辺に、もう40年近く居ることになる。

母は最後私に「53年間お付き合い下さりありがとうございました」と言って、
逝ってしまったけれど、そのうちの40年近くは、ここで母と過ごしたことになる。


もうだいぶ昔から母は「もっと文化的な都心部(笑)に引っ越したいけど、、、、」と言っていた。
仕事の本部や付き合い、勉強会などで、毎週のように都心部に通っていたので。
しかし、母は地元でお教室を2つ持っていたので、なかなかそうゆうわけにもいかなかった。
地元の喫茶店でお茶をしながら、よく冗談めいて、
「あっちゃんとふたりでどっか行って暮らそうか」と言って笑ったものである。


自分としても、いつも、他の町に憧れて、脱わが町、を目指しているのに、
もうこんなに長い間ここを離れられないなんて、、、、、、
ちょっと、、、、、、、いや、かなりショック。









また、ある夜のこと、ねずじいと待ち合わせて、
カレーが食べたくなって、おいしいカレーじゃなきゃイヤなので、
デパートの上階のインディアカレーのお店に入ったのだが、
その店も母と何度か入ったことのあるお店だった。

ランチタイム、案内された席の場所が気に入らなくて、納得のいく席に移動させてもらうのに、
少々ゴネたんだよな、、、、、あのときの母と私。(笑)
そんなディテールまで、はっきりと、想い出される。


食事やお茶、母とは、けっこう、あちこちのお店に一緒に入ったので、
どこに入っても、想い出がない店はないくらいなのだ。
スーパーでも、どこでも、母はけっこう、大きな声で、「あっちゃーん」と
遠くから呼ぶ癖があったので、ずっと恥ずかしく思ってたのに、
今は、空耳で聴こえてくることがあって、
そんな時は、やはり、また、泣きそうになる。
だってもう、本物の声じゃないんだもの、、、、、




毎日のように生活している中で立ち寄る場所に、
母がいっぱい溢れている。
歴史が長いので、ラケル、神戸コーヒー、飲茶の香家、、、、
移転や閉鎖でなくなってしまった店もたくさんあるが、
まだ残っている店は、一人で入ったり、ねずじいと入ったりするので、
その度に母が甦って来てしまう。

ただ、残っている喫茶店で、唯一、入れないお店がある。
紅茶の専門店で、最後の方に母とよく入っていた喫茶店である。
母はポイントを集めていて、何十回と通って、
やっといっぱいになった時、紅茶のパフェを二人で食べたんだっけ、、、、、
あのお店は、母の気配がまだ生々しく残っているから、
絶対に入るのは無理だろう、、、、、、



この町で生活している限り、母はまだ生き続けている。
母の方が生き生きしていて、
むしろ私の方が亡霊のように抜け殻のようになって歩いている。




でも、もう、母は本当にこの街から居なくなってしまったのだから、
この町に居る必要もないんじゃないかと思うことがある。



新しい生活をリセットしたいような気分。
母の影響の無い新しい町で。




なんか、今日の記事は、支離滅裂でゴミンナサイ、、、、、、、




IMG_4397_convert_20141007111237.jpg
CT検査の後、モスでお昼。窓の向こう、信号の向こう側で、母が私を見つけ、
ニコニコしながら道路を渡って来ます、、、、、(涙)










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