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<穏やかで、神がかっていた大祓と初詣。>




大晦日の日。
明け方に見た夢は、大学の卒業式。
式の後、片づけたはずの寮の部屋の片隅に、コートなどの古着が山積みになっており、
これらを片付けなければ出ていけない、と思った。
また、住んでいた古い寮は、大量に有害なコケ(なんか若芽みたいなものだった。)が発生し、みんな逃げ出してるので、私も慌てて屋根の上まで逃げ出した。
目が覚めて、夢診断。
自分は寮になんぞ住んではいなかったが、、、、、、。
さあ、今日は、大晦日。
今までの、大量にたまった古い服も、有害なコケも、今日中に捨ててしまわねばならないぞ、と決心する。


前日までに大方大掃除は済んでいた。
実は、前日から、なんとなく、大晦日はゆっくり神社にお参りに行きたいと思っていた。
初詣ではなく、一年を締めくくるために、お礼参りに行きたかったのだ。
昼前に、ねずじいに、靖国神社に行きたい、と言ったら、すぐに賛成してくれた。


大晦日の電車はガラガラに空いており、乗り換えもスムースに行った。
雲一つない青空の下、靖国神社は、昼過ぎの、暖かい穏やかな光の中にあった。
御神門には、縁起物の大凧や、大羽子板が飾られていた。
さすがに、参拝者は、少ない。
みんなまだ、大掃除やら、帰省やらで忙しいことだろう。

英霊の前に立ち、今年初めてこの場所に来られてよかったこと、わが身と日本がどうにか無事に過ごせてありがたかったことなどを祈りつつ報告し、この一年の幸いを改めて思い、ほっとして帰ろうとしたら、、、、、
その時、目の前に現れた神主さんらしき方が、これから大祓をやります、とおっしゃった。

見ると、次々に白装束に身を包んだ神官や巫女たちが、境内に集まってきた。
幸運なことに、ちょうど、大祓の始まる時刻に来たということだ。


27人の神官、7人の巫女が、一列になって目の前をよぎる光景は、なんとも、神々しく、美しかった。
厳かな太鼓の音が鳴り響き、玉砂利の上をぽっくりが踏みしだく音が、小気味よい緊張感と神聖な空気を創り出す。
しめ縄で四角く囲われた神域の中で、お祓いは行われた。


我々は神域の外から、祭祀の様子を拝見させていただくだけだが、
祝詞を上げたり、穢れた神具をちぎって封印したり、お祓いをしたりという神官の仕草から、大祓というものを知ることができた。
貴重な体験をさせてもらったのである。

白いハトが一羽、祭祀の途中に上空に飛んできて、終わるころまた再び帰ってきて、それも印象的であった。
靖国の白いハトたちも今日は心なしか、のんびりと、鳩舎の前でくつろいでいるように見えた。
ハトだけではない。
人が都心から消えた分だけ、小鳥たちもいつになく多く飛び交い、さえずっていたのが見られた。
銀杏の梢には、ジャジャジャッと勇ましい声でシジュウカラが鳴き、
山茶花の茂みでは、ピりリリリリ、、、、、と、可憐な声でメジロのつがいが戯れていた。
今年最後で、4回目の参拝となる靖国神社だが、ゆっくりとした気分でいたせいか、
これまで見つけることのなかったものも発見できた。
入口から2番目にある狛犬。背中に、子供の狛犬をおんぶしているのである。
なんともかわいらしいその姿に、しばし足を止めて見入ってしまった。
また、やはり入り口付近に、さざれ石が置いてあった。
君が代の「さざれ石」、、、、、いったいどんな石なのか、実際に本物を見たのは初めてである。






ああ、今日は本当に来てよかった、よかった、とねずじいと言いながら、
最後の鳥居をくぐり出た時のことだった。
私の目に、
「東京大神宮、初詣はこちらから」という看板の文字が飛び込んできたのである。
え?歩いて行かれるの?一瞬目を疑ったが、徒歩で行かれる距離らしい。
以前は、この二社間、地下鉄を乗り継いでしか、移動できないものと思い込んでいたのである。

実は、今日、参拝に行きたいのは、この東京大神宮か、靖国神社か、のどちらかだった。
どちらも、今年の私たちにとって、記念すべき、重要な意味を持つ神社だったからだ。
靖国は先日のエッセイで述べたので省くが、
東京大神宮は、今年の銀婚式をここでやったからだ。
素晴らしい祝詞をいただき、二人だけではなく、神様に報告できた時の喜びは、ひとしおであった。
私たちのことを知ってくれているのは、最早、神様しかいない、というくらい日常的にははかない存在の私たち。
せめて、神様だけには知っていていただきたい、今年も一年間、私たちのことを見守っていてくださってありがとう、と言いたい、、、、そんな気持ちがあったのだ。
でも、大晦日に二つも回れないなー、と諦めていたところ、この看板!





行ってみることにした。
坂をだらだら、「東京大神宮」ののぼり旗に従って歩いていくと、初詣の寄贈の提灯で飾られた神宮が現れた。
すでに、提灯に灯りは灯り、初詣の準備はできているといった感じだ。
GWの昭和の日の時は、9割が女子だったが、大晦日の今日は、カップルや男性も結構いた。
参拝の時に、本殿の中が見えたが、式のことを思い出して、やはりちょっとうるっと来てしまった。
今回は、御朱印帖を持ってきたので、御朱印をいただく。
御朱印帖は、最初に東京大神宮と決めて空けておいたので、それも念願成就で嬉しかった。





神社を出るときにはとっぷりと暮れて、提灯の灯りが際立って美しかった。
ここは小さな町中の神社なので、靖国とはまた違った趣がある。
前回居た神社前のお店の犬にも、再会できて嬉しかった。




飯田橋のカフェテラスで熱いココアと紅茶で暖をとりながら、
なんだか、今日一日の行動、出来事、すべてが神がかっているような感じがすると言い合った。
こんなに穏やかな気持ちでこの一年を締めくくれるとも思わなかった。
実は、いつも歳末の慌ただしい感じが苦手でもあったから、、、、、。
あとは、家に帰って、インコズと遊びながら、年越しそばを食べて、まったりするだけだ。
あー、なんて幸せなんだろう。




夜7時過ぎに帰宅し、桃太郎を肩に乗せ、おせち用の煮しめを料理した。
おせちは、好きなものだけ選んで買うが、
煮しめだけは、毎年自分で作らないと気が済まない。
作った後、オードブルで乾杯。
年越しそばは、毎年恒例でねずじいが茹でる。
紅白も見ないし、テレビも見ない。
インターネットで、竹田恒泰氏の動画を観た。



そこでは、ちょうど、日本本来の正月についての動画がアップされていた。
実は、正月は旧暦の旧正月にやるのがいいそうだ。
また、年が明ける時間は、本来、12月31日の日没からなんだそうだ。
日中は人間の時間。日没後、夜は、神々の時間。
だから、日が沈んだら、もう、明けましておめでとう、と言っていいのだそう。
年越しそばも、夕方、おめでとうといいながら、酒を飲み交わしながら食べていいものなのだそう。

午前零時にカウントダウンして、明けまして、というのは西洋式な風習。
また、竹田先生によると、
元旦の我欲むき出しの初日の出より、
大晦日に、夕日に対し、感謝の気持ちを述べ、穏やかな気持ちで拝む方が、運勢が上がるそうだ。
そして、初詣も、31日の夕方から参拝したら、初詣、となるんだそう。


ここまで聞いて、なんか今日の私たち、日本古来の年末年始の過ごし方をしたんじゃないかなあ、と思った。
御神門を照らし、大村益次郎の銅像の向こうに沈みゆく夕日と、美しい夕焼けを見て、なんとも、心が満ち満ちてゆくのを感じたのも、日本人の感性だったのかなあ。



それにもっと、ぞくぞくっと来てしまったのは、
12月31日の千代田区の日の入り時刻を調べてみたら、午後4時38分だった。
なんと、その時刻に、私たちは、東京大神宮に、着いていたのである。
つまり、もう、初詣もしてしまったということになる!






靖国神社で大祓、



東京大神宮で初詣。



今日のこの日は、神様に導かれて、こうなったとしか、もう言いようがない。









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2017年1月1日





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