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< 大晦日の天皇陛下のお仕事。>




29日の金曜日、ねずじいは仕事納めの後、忘年会ということで、
私は、一人で、最後の片づけを終わらせる予定でしたが、、、、、

PCに向かって、今年一年の総括をしたためていたら、興に乗ってしまい、
6編も、エッセイを書いてしまいました。

2編ずつ、30日、31日、と分けて、予約投稿にしています。

ランキングは表示してませんでしたが、カテゴリは「ペットと暮らすインテリア」にはそぐわない内容なので、とりあえず、「エッセイ・随筆」部門に参加してみました。




☆       ☆      ☆      ☆      ☆






わが国は、一君万民。




天皇陛下を頂点に頂いて、
あとは、全国民が、同じく万民で、平等である。



天皇陛下は、われわれのために、毎日お祈りをされて、
大みそかには、われわれの罪・穢れを、
天皇陛下が代わって、禊ぎ、祓われる。





私たちは、天皇陛下の大御宝である。







以上のことは、今年、初めて、知ったことです。








それまで、私たちの罪のために祈ってくれるのは、ローマ法王くらいしかいないと思っていました。
天皇陛下のお仕事は、ご公務だけだと思っていました、、、、、、、。







自分の国に、そんな方がいらっしゃったとは、こんなありがたいことがあるでしょうか。





明治天皇の玄孫でいらっしゃる竹田恒泰さんが、よく、天皇の赤子、という言い方をされます。
私たちは、天皇陛下の赤ん坊、のような存在なのです。






なんか、、、、、ありがたいことではありませんか、、、、、、。







真っ暗だった世界に、天照大神がお出ましになった時って、
こんな感じじゃないかしら。



今まで、隠れてたお姿が、パーーーっと、表れて、
世界が希望に満ち溢れた。







自分にとっては、そんな一年でした。






大晦日は、凍てつくような寒さの中、私たちのために祈ってくださっている陛下のことを思いながら、
静かに、除夜の鐘を聴き、過ごしたいと思います。










すめらぎ    いやさか






いやさか      いやさか














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☆       ☆      ☆      ☆      ☆




皆様も、よいお年をお迎えください。







一年間、ご愛読、ありがとうございました。  <(_ _)> 






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よいお年を!








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除夜の鐘が、聞こえるかい?







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来年もよろシルクね!






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<古事記は、日本人にとって、聖書のようなもの。>




もう10年位前のことだったか。
竹田恒泰氏が、テレビで、「日本人は子供のうちに全員、古事記を習うべきです」、と力説されていた。
当時は、私もまだ自虐史観の影響下にあり、正しい歴史認識もなかったので、
この人、マジでこんなこと言ってるのかしら?ありえないわー
と一笑に付していた。

特に戦中派の母からは、「ママたちは子供のころ、天孫降臨、イザナギとイザナミの神話が歴史の教科書だったのよ。お前たちは、ちゃんとした史実を教わってるんだからいいわね」、と言われつづけていたので、余計、ばかばかしく思ったのかもしれない。


だが、今は違う。
幼少期に、その国の神話を聞かされないで育つ国家は、滅びるんだそうだ。
竹田先生、ゴメンナサイ。



神話は、史実ではない。
しかし、その国民の根底にある精神を形づくるものだ。

日本の神様は、一人だけではない。
八百万の神だ。

生まれたとき、七五三は神社で、結婚式は教会で、死んだらお寺で、、、、、
それが、やや、自嘲的に思われたのも過去の話。
どんな神様も受け入れてきた日本人の寛容性を表しているではないか。


私は高校、大学とミッション系だったので、
キリスト教にも近しいが、原罪という考え方にどうしてもなじめなかった。
罪や穢れは多少はあるかもしれないが、絶対的に罪びとである、というのがしっくり来なかった。
むしろ、生まれながらに無垢の御霊をもって生まれてくるのが人間で、
生きていくうちに垢が付くように、過ちを犯すかもしれないが、
洗い落とせば、また無垢な存在になるのではないか。


また、私はインコを飼っていたりして小さな生き物と触れ合うことが日常的なのだが、
彼らにも神様的なところがある。
周りの花や木にも、それを感じる。
アニミズムみたいなもんかなあ?と言ったら、
熱心な仏教徒の友人に一笑に付されたが、
私は、単なる汎神論でもなく、本当に、すべてのものが神様であると思っているのである。
もちろんいい神様も、悪い神様もいる。


DHC シアターで、「和の国の明日を造る」、でお馴染みの、馬淵睦夫先生が、
国体と古事記ということで、このことについて詳しくおっしゃられている。
本も出ているので何冊か読んだ。


国譲りの精神も、日本的である。
また、しらす=権威と、うしはく=権力を分けて、
頂点である天皇が、力ではなく、権威で、国を統治している、というのが、我が国独特の形である。



古事記は、竹田先生の抱腹絶倒な分厚い解説本があるが、
ほかにも、南朝方の天皇家の末裔、竹内睦奏の宿祢の書いた「古事記の宇宙」も、壮大で面白い。


また、小野善一郎氏の「日本を元気にする古事記のこころ」も、わかりやすくて、すうっと入ってくる。
中世に流行った仏教の末世思想にも、対向して、明るく?前向きに生きたのが、伊勢神道というのだから、やはり、日本人は、前向きな精神の国民なのである。




よくホテルの部屋に聖書が置いてあるが、竹田先生は、古事記を置く運動をしてらっしゃるそうだ。
子供たちにも、因幡の白兎や、海幸・山幸など、人間的な古事記の神様にもっともっと触れて欲しい。
日本には、バラエティー豊かな、いろんな神様がいて、
実は私たちも、神様なんだよってことを、みんなに実感してもらいたい。














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< 靖国神社と遊就館。>




今年4月に、生まれて初めて靖国神社に行った。
自分の人生の中で、今まで、絶対にありえない場所だった。
なのに、自分が、この場所に来ようとは、、、、、、
人生にはありえない奇跡が、あるもんだ。


半世紀の間、、、、正確には、10代半ばからの40年間近く、
自分は何者なのか?
自分のアイデンティティとは何か?
自分の帰属する魂の居場所は何処なのか?
ことあるごとに、思うことがあった。
ふわふわと、浮草のように漂う、
祖国という概念を奪われた生徒は、そのまま大人になっても、迷子のままだ。


ここへ来る決心をしたのは、ケントギルバートさんと西村佑幸さんの動画がきっかけ。
強いプロパガンダもなく、淡々とした感じ、という印象を聴いて、来る気になった。
靖国のイメージは、子供のころから、軍国主義の街宣カーの怖いイメージがあった。
でも、実際は全然違った。

靖国で会おう、と言って散華された方々の再開の場所。
彼らのおかげで、今の日本が、そして私たちがある。

感謝と畏敬の念で、鳥居をくぐった時から緊張して、震えた。
こんなに緊張して神社に詣でたのは生まれて初めてであった。






境内にはいろいろな種類の寄贈された桜が、咲いていた。
みんな戦争に行った人、遺族の方関連からの寄贈だった。





参拝後、遊就館に入った。





ゼロ戦を、初めて見たときには、こみ上げてくるものがあった。
若くして散った命と、同等の重さをそこに感じてしまうからだ。


そして、二階の資料館の入口に立った途端、不思議な感覚に包まれた。
鳥居をくぐった時から感じていた、白く発光する硬質な光、極めて霊格の高い、純度の高い光の束が、
ふうっと、体の中に入ってきて、守られている感覚が生じたのである。

それは、目の前に置かれた菊の刀と、四方から垂れ下がる和歌を見たときに、
しっくりと合点がいった。

そうだ、我が国は、刀と和歌の精神によって守られ、成り立ってきた国なのだ。
なんだか大いに納得できて、感謝の気持ちが溢れ出てきて、涙がまた込み上げてきた。



これまで近代的・現代的・西洋的なるものに否定されてきたものが実は、大切なもので、
ここでは、肯定されていた。
鳥居をくぐるまで越えられなかった高い壁、厚くこびりついた垢のような偏見は、一瞬で砕け散った。
こっちが本物じゃん、と、揺るぎないものを感じた。

日本人としてのDNAが、螺旋のようにわが身を貫き、蘇った。







それから、青葉の季節、終戦記念日の翌日に、合計3度、参拝した。
行くたびに思うのは、遊就館には、意外にも若いカップルが多いこと。
なんか、嬉しい。




靖国のすべての白いハトは、そのまま、英霊たちの御霊に通じ、美しくて、尊いものだった。





「あぷりが靖国に行こうなんて、信じられねー」とねずじいは言った。
まったく、、、、、自分でさえも信じられないが。




私たちが、日本人として守られているということを一番実感できたのはこの神社が初めてである。

















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< 団塊の世代と、断層の世代以降。>




CGSの小名木先生や、ケントの動画から、芋蔓式に出てきた(笑)のが、
KAZUYAくんの動画、「KAZUYA・CHANNEL」や、「GX」

私の子供くらいの世代なのに、なんてしっかりしているんだ。
しかも、彼の話は、端的で、わかりやすい。
親ほどの歳なのに、彼に教えられることが多かった。

戦争に関する本も出しているので、幾冊か買って読んだ。
特に、明治以降の戦争について、どうして戦争になったかを詳しく知りたかったので、
順序良く客観的に書かれていて、何度でも読み返せるので、近現代史音痴の私には、大変役に立っている。



団塊世代の先生に習った私たち世代は、もう一度、歴史を学び直した方がいい。



正しい歴史を知り喜んだものの、
嘘の歴史に愕然としていた私に、この人の意見がなかなかいいよ、とねずじいが教えてくれたのが、ラジオのボイスでおなじみの青山繁晴さんだった。
前々から、主婦も政治や時事問題に関心を持とうと言ってたけど、
改めて聞くと、すべてが、自分たちの日常と結びついてることが分かって、面白かった。

彼の言う「祖国、国家、国益のために」、、、、、、これらの言葉も、戦後のタブー言語だったことは、知る由もなかった。
むしろ、それらの言葉には、右翼っぽい、古臭い印象があったが、それもGHQの工作の影響に過ぎなかった。
冷静に考えてみたら、私たちは天皇陛下のことだって、詳しく知りたかったのに、どこかタブーなような雰囲気があったではないか。日本人なのに、日本の伝統そのものを誇りと言えないなんて、おかしいったらありゃしない。


ところで、青山さんも、ケントも、昭和27年生まれである。
実は、ねずじいが、同い年なので、印象に残ったのだ。
が、これ以降出会う、保守系の論客たちに、実に、昭和27年生まれの男が多いのは、偶然とはいえ、興味深い。


動画で、ケントと靖国の遊就館で対談してた西村幸佑さんも27年生まれ。
一年前から、トランプの大統領当選を言い当てた藤井厳喜さんも27年生まれ。
最近知ったところでは、チャンネルくららの国防最前線の元自衛官・用田和人さんも27年生まれ。




何で、27年生まれが多いのか?



気になってたら、ねずじいが教えてくれた。
「俺たちは、断層の世代と言って、熱くなって騒いでいる団塊の世代を冷静な目で見ていたクールな世代」、なんだそうだ。
ふーーーーーーん、なるほど。



ちなみにねずじいは、
高専の時、毎朝、学校の日章旗を国歌とともに掲げ、夕方、降ろす係をやっていたらしい。
天皇陛下のお仕事にもやたら詳しいので、昔は、この人右翼なんじゃ?と思っていたが、今は、ちゃんとした日本男児でよかったー、と改めて見直し、ホッとしている。(ノロケてしまいました。




KAZUYA君のように若い世代がまともなCHANNELをやってくれてるのは、まことに頼もしいばかりである一方、
間違いだらけの歴史を私たちに教えた団塊の世代の先生たちには、もっと真実の歴史を勉強し直して、と言いたいところだ。















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< 目から鱗の2016年。>



今年もあと三日と押し迫ってきたが、
今年は、人生観が180度ひっくり返った一年だった。

きっかけは、とあるブロガーさんの覚書記事。
オウム・インコ飼いで、親御さんの介護したり、家業の仕事手伝ったりしてる、
私より少し年配の専業主婦の方のブログ記事を読んだことがきっかけだった。
確か、誕生月の2月過ぎころだったかな?

彼女とは交流はないが、私がブログを始める前から秘かに愛読していて、
それまでもとても尊敬していたし、今では感謝している。<(_ _)>


彼女の覚書で紹介されていた、
CGSの動画で、ねず先生(ねずじいではありません。(笑))こと、小名木善行先生の「目からウロコの日本の歴史」を知る。
そこで、南京大虐殺は無かったことを知り、震えるほど、ショックを受ける。
あと、日本国は歴代の天皇陛下が私たちのために祈って下さっている存在であること、
私たちは、天皇陛下の「大御宝」として、家族のように大切に思われていたこと、を知る。
小名木先生の講義を聴いて、このことを知るたびに、
言い換えれば、日本のいいことを知るたびに、毎回、号泣しながら、聴いていました。
こんなに嬉し泣きで号泣したのって人生初かも、、、、、

続いて、ケント・ギルバートの本や動画で、GHQが、戦後7年間、日本に対して行った、
WGIP(war guilt infomation program)工作の事。
大学をはじめ教育、ラジオ・新聞などのマスコミを通して、徹底的に日本人が日本のことを誇りにもてないように洗脳した。
いわゆる「自虐史観」。

それは、GHQが撤退した後、テレビや雑誌も含めて、戦後70年間、現在も続いている。
未だに知らない国民が圧倒的多数いる。



このことを知ったとき、私は、自虐史観を徹底的に熱心に教え込んでいた高校や大学の先生たちのことが頭に浮かんだ。
当時は尊敬もしていたし、先生たちのようになりたいとすら思ったこともある。
でも、あの人たち、けっきょく私たちの事、捏造した歴史でだまくらかしてたんじゃん。
もう、はらわた煮えくり返るほど、怒りが沸きましたよ!!!!!
でもまあ、今思えば、彼らたち自身も、洗脳されてたんでしょうねえ。
(わかってやってたなら、それはもう犯罪じゃ。)

母親たちが小学校で教科書の1ページ1ページを墨で塗りつぶされてきたように、
私たちも、日本本来の歴史を塗り潰されていたなんて。
母は、死ぬまで、マスコミをうのみにして、
「安倍さんが軍国主義に戻そうとしている。選挙で安倍さん入れちゃダメ。」
なんて、とんちんかんなこと言ってたけど。
母にも、本当の歴史教育の真実を教えてあげられなかったのが残念でならない。


その母も、私たちが幼いころ、大学の通信で歴史を学んでいた。
が、貴重なスクーリングの時に、暴力的な学生たちが校舎を占拠して、授業にならなかったという。
大学生の癖に勉強もしないなんて、、、、と当時の母は家に帰ってきて怒りまくっていたが、
今から思うと、大学で正しい歴史を学ぶこと自体無理なんじゃないかと思う。
チャンネルくららの先生方の話を聞いていてますますそう思う。














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