Photo Gallery

< お雛様を持って、飛んだ。>





2月から、巷で展示されているお雛様を見て思ったのは、
ピンクや水色など、パステルカラーの衣装が多いということ。
そして、ひな壇の下が、漆塗り?のようなきれいな箱になっているのが多いこと。
あれ、収納なのかしら?

テレビでは、ゴスロリ風お雛様も話題になっていて、
今は、何でもありで、楽しいなーと思った次第。

うちも、いまだに、自分のお雛様が手元にある。
団地でも飾れるケース入りの小さな可愛い童顔のお雛様で、
三人官女、五人囃子、右大臣、左大臣、三人衛士、と小さくてもけっこうな大所帯。

出すのも、仕舞うのも、手入れが大変なので、
どうしようかな?と、迷っていた。

今年は、コンコンブルで、ふざけたお雛様が出たら、
それにしよう!、、、なんて、思ったり、
すでに嫁入りしてウン十年の自分が、あえて、祝う必然性もないではないか。


それよりも、お雛様が近づくと思い出すのは母のこと。
数年前、大雪が降った後、長靴を履いて、雛あられを持ってやって来た時のこと。
「あと、何年、こうやってお母さんが来られるかわからないんだからね」と、
仕事で多忙な中を、珍しくわざわざやって来たひな祭りの日のこと。


ほんとだね。
あれから、数年で、ほんとにあなたは、逝ってしまいましたね。


コンコンブルでは、お雛様は出さないみたいなので、
コンコンブルの売っているお店の隣の、和雑貨のお店を覗いてみたら、
小さな雑貨の置物風お雛様が、いろいろと飾ってあった。
中でも、ひときわ目を引いたのは、猫のお内裏様とお雛様の手のひらサイズのお雛様だった。
「かわいー、こんなの机の上に置いたら、可愛いじゃーん
買おうかどうか迷ったが、その日は、とりあえず、家に帰った。


そういえば、私が結婚する前、母にもらったもう一つのお雛様がある。
美しい貝絵を施した蛤の中に小さなお雛様が入っているもので、
それを持っていると結婚できるというものだった。
結婚後、母が、妹にも渡したいから、返してと言ってきて、
確か返したような、、、、、。

そんなことを思い出した晩、
ふと、気が付くと、私は、たくさんの行列の中にいた。
トイレの行列なのか、お店の行列なのか、
賑やかな人混みの中にいた。

一緒にいるのも、家族なのか、友人たちとなのかはわからない。

ただ、どこかに母が居て、
私は、母に会えるような気がした。

その時、私は、宙にふわっと浮かび上がり、
するすると空中を移動し始めた。
自分の手を見ると、掌には、お店で見た小さな猫のお雛様を包み込むように持っていた。

どうやら、このお雛様を持っていれば、私は母に会いに行けるらしい。
私の体は、集会所のような建物の入り口まで来た。
玄関はたくさんの靴であふれかえっていた。
私は宙に浮いたままその中に通されていった。

座敷の一段高くなっている壇の上の座布団の上に私は下された。
そして、座敷にはたくさんの人が集まっているらしく、
こちら側に向かって座っているらしかった。
気配なので、はっきりとは見えない。

ただ、私と並んで座布団の上に座っているのは母だった。
私は、喜びのあまり、隣の母の顔を見たい、腕に抱きつきたいと思った。
その瞬間だった。

サーーーーーーッと、私と母の間に一本の線を引くように、
向こう側が真っ暗な闇の世界となり、
こちら側と真っ二つに別れたのである。

ママ?そこにいるのママだよね??
私は呼ぶが、何も答えは返ってこない。
ただ真っ暗な闇が目の前に立ちはだかるのみである。

目を凝らすと、
母の居た場所の向こうに、大きな腰窓があり、
その向こうはやはり深い闇の世界だった。
その窓辺に走り寄って、母を呼び、探すが、
ざわざわと強い風が木立を揺らすだけだった。

闇の頑なな拒絶は、母の意思なのか、
激しい拒否感に、深く傷ついた。
と同時に、大きな闇の力に対して畏れも感じた。

夢だったのか?
気が付くと、私は自分のベッドの上に寝ており、
早朝トイレに起きた夫が、部屋を通り過ぎていくところだった。

「今、ママに会ってた、、、、、でも、会えなかった、、、、、、」
夫は、私が夢の話をしていることに気づき、
「へー、そんな夢見たんだ」と言って、また自分の部屋へ戻っていった。

部屋は、まだ暗く、日の出にはまだ早い。
見ることも、しゃべることも、触れることもできなかった。
もう二度と、ということは、こうゆうことなんだよな、、、、
気の滅入るような雰囲気の中で、どっと涙が溢れ出てきた。



再び目が覚めると、
カーテンの向こうは、明るかった。
インコたちが、大きな声で、起こせ、ごはんくれ、と鳴いている。
鳥カゴに被せた布を取り外してやった。
窓の向こう、遠くの大きな団地の屋根の上に、
眩しい光のお日様が、ちょうど昇って来たところだった。






ひな祭りを前にして、こんな夢を見たので、
今年は、お雛様を出さずに終わってしまった。
もうお雛様なんて、関係ない歳なのだし、いいだろう。




春の陽気になって、花々がほころび始めている。
梅も早咲きの桜も咲いているが、桃にはなかなかお目にかかれない。
杉の花粉には悩まされるが、
花が増えるこの季節は、光も柔らかく、弾けるようで、
その中にいるだけで気持ちも明るくなる。


「とにかくね、あなたが生き生きと何でもいいからやりたいことやって生きてくれているのが、何よりもの親孝行なんだからね。ママは、いつもそう思っている。」
生前、よく母が言っていた言葉を、思い出す。


母から娘に対して、願いを込めて祝うのがひな祭りというのなら、
明るい方へ、
ちゃんと前を向いて歩いて行きなさい、というのが、
母の言いたいことだったのではないか。


見れば、
暖かい日だまりの中、
桜の花びらの向こう、
川面の煌めきの上、
明るいこちらの世界に、母はちゃんと居てくれるような気がする。





CIMG2503_convert_20160228233722_20160308125718c84.jpg



















にほんブログ村 インテリアブログ ペットと暮らすインテリアへ
にほんブログ村
スポンサーサイト
エッセイ < 柿の実と、カラスの子。>



   一




どこかの街から追われてきたのでしょうか。
先々週あたりから、多くのカラスの群れを見かけます。


この日も、夕方から、用事があってバスを待っていたら、
目の前の古い大きな柿の木に、たくさんのカラスが群がっていました。


ヒヨドリに交じって、みんな、必死に熟れた柿の実に食らいついておりました。笑
時々、けんかして、追われた子が丸い柿の実を加えたまま、電線に止まったりしています。


その姿が可愛らしいので、写真に撮りたかったのですが、
そうゆう時に限って、デジカメを忘れてしまい、チャンスを逃しました。



暖冬のせいか、柿の実もゆっくりと熟し、色づいた庭木もなかなか葉を落とさないように感じます。
まだびっしりと紅葉した葉をつけているニシキギ。
夕方、4時過ぎの、早々と西に傾いた陽の光を浴びて、赤く鮮やかに輝きます。
柿の木のカラスといい、照り映えるニシキギの紅葉といい、
まるで、まだ、秋のような光景です。


バスに乗り込んでも、暖房で上着を脱ぎたくなるほどの暑さ。
車窓の向こう、いつのまにか、陽は地平線の向こう側に落ち、
茜色に染まる空の下に、影絵のように浮かび上がる家々の屋根。
なんか、サザエさんみたいだなー
と、その景色に、急にノスタルジックな感傷を覚えてしまいます。


裸になった街路樹の黒い影抜きの空の向こうに、
私と母が、かつて住んでいた集合住宅のシルエットが浮かび上がると、
ふと、なんともいたたまれない気持ちになってきました。
カラスとか、夕焼けとか、柿の木とか、、、、、
七つの子の歌詞を思いだしてしまい、ますますやるせなくなります。



帰る古巣を失って、
夕闇に紛れて、消し去られそうな心細さ、
この世に生きていることの儚さ、
所在無さ、、、、、
夕暮れは、ひたひたと足元に忍び寄り、
ざぶんと、虚しさの海の中へ、引きずり込もうとするのです。




「トワイライトは、一番苦手な時間。」と私。
「なんで?わたしはこの時間が一番好き。一日で一番いい時間だと思う。」と言ったのは友人。
こんなことを、学生時代、友人と飲み交わしながら話したことを思い出しました。
新宿の高層ビルの上階にある居酒屋から見下ろす広大な風景の中に、
沈んでゆく太陽と、向かいの高層ビルの壁に映る眩いほどに輝くもう一つの太陽がありました。
ガラスの壁に映った太陽は沈む直前に閃光を放ち、
風景はたちまちのうちに、群青色の夜景の世界になりました。


トワイライトが一番いい時なんて、、、
心にゆとりのある人だから言えたんじゃないのでしょうか?




バスターミナルに着いて、ネオンの瞬く夜の街に降り立つ時、
ようやく冷え込んだ空気が襟の隙間から入り込んで、
やはりもう冬なのだ、と思い直したのでした。












   二




休日のお昼前、
夫と買い物に出かけました。
この日も12月中旬とは思えぬほどの暖かさでした。
ああ、やっぱり、お日様がてっぺんに居て、
芝生や、川面や、散歩しているワンコの背中に明るい光が降り注ぎ、
ぽかぽかと穏やかなこの時間が好きだなあ。

でも、あまりにも暖かいので、今年はまだモズの姿を見かけません。
もうそろそろ電柱の上でケケケケケ、、、、、と雄叫びするモズが現れてもいい時期なのですが。
そして正月には、モズ対ジョウビタキの縄張り争いが見られるはずなのですが、、、、。
そんなことを思っていた私ですが、
早朝、まだ寒い時間に出勤していく夫は、モズに出会ったそうです。
こんな春のような陽気に、モズは戸惑わないのでしょうか。


帰り、団地に近づくと、カラスの群れが鳴きながら、視界をよぎっていきます。
「最近、カラスがいっぱいいるね。」
「どこかで追い出されたのが、こっちに来たのかもね。」
「そういえば、桃太郎がこのあいだ、上手にカラスの真似で鳴いてくれたよ。」
いつの間に覚えたのか、愛鳥のオカメインコまで、きれいな「カァー」をマスターしていたくらいなのです。


この日はデジカメを持っていたので、夫を先に帰し、
一人で柿の木のところまで行ってみました。

すると、そこにはいつものように、柿の実をついばんでいるカラスたちがいました。
嘴太カラスと、嘴細カラスが混合でいました。

私が近づくとサーッと降りてきて、コロロロロロー、ときれいな声で警戒音を発したのは、
嘴太のほうでした。
低木の枝の上からじーっと私の方を見て、何か言いたげです。
カラスは、なつくと、とても頭が良くて可愛いそうです。
遠い昔、父が子供のころ、飼っていたと言っていました。
もし、飼ったとしたら、桃太郎より、お利口さんかもしれませんね。


この子たちは、親子なんでしょうか?
きょうだいなんでしょうか?
嘴太カラスの警戒音も物ともせず、
嘴細と嘴太の2羽だけが柿の木に残り、
柿の実食べに熱中しています。



足元のニシキギの茂みでぱさぱさと音がしたので、覗いてみると、
雀が数羽、飛び出してきました。

ヒヨドリはカラスを恐れず、同じ柿の枝に止まり、
雀たちは、少し離れた低木のところ、
ハトたちはもっと離れた建物の屋上から、
それぞれみんなお行儀よく並んで、カメラを向けている私のほうを眺めています。




年の瀬の迫る日曜日、渋滞のバス通りのすぐそばで、
小さな人たちの、いつもの食事の風景が、繰り広げられていました。





              < 2015.12.21記  エッセイ 「バードランド」      ※無断転載を禁ず。 >











IMG_3791_convert_20151221213637.jpg   IMG_3793_convert_20151221213820.jpg


IMG_3784_convert_20151221213724.jpg   IMG_3776_convert_20151221213432.jpg


IMG_3779_convert_20151221213504.jpg   IMG_3780_convert_20151221213530.jpg


IMG_3786_convert_20151221213857.jpg   IMG_3797_convert_20151221213925.jpg


IMG_3183_convert_20151222150408.jpg   IMG_3182_convert_20151222150338.jpg















        
クリックで、応援してね。
にほんブログ村 インテリアブログ ペットと暮らすインテリアへ
にほんブログ村


< 命の灯かり。>




夕暮れ時、表に出ると、西の空は金色に光り、想いの他明るかった。

それとは対照的に、駅まで続く坂道は日影になり、鬱蒼と街路樹の緑で塞がれるように暗かった。

梅雨の気配を感じさせるむせるような湿気と、暑さが上り坂に堪える。

息のあがる勾配を、一歩一歩上がっていると、

前方の路面いっぱいに、小さな白い何かが散らばっていた。

よく見ると、それは、沙羅双樹の花であった。


今年も、また、この季節が来たのか、、、、、

一年が経つのが本当に早い、、、、




沙羅双樹の花は、白い蝋のような美しい花びらでできている。

落ちても、作りもののようにその美しさは変わらない。

母が生きていた頃、地面に落ちた花をいっしょに拾って帰り、水に浮かべてめでたことが記憶に甦る。

今年はなぜだか、目の前に落ちている花も、まだ樹の上に咲いている花も、

一つ一つが真っ白い命の灯もし火のように感じられ、とても神聖なもののように思えた。

また、咲いたよ。

また、拾って、飾ろうね。


そう言いながら、帰りに拾って帰ろうと思った。




帰り路、真っ暗になった並木の坂を下り、かがみながら足元の花に目をやると、

頭の上からポトリ、と音を立てて、新しい花が落ちてきた。

花びらを閉じ、丸まった形が、弾む毬のように愛らしかった。

役目を終えて、散ってもなお、美しい沙羅双樹の花。

盛者必衰の理の喩えとは違って、私としては素直に嬉しいような感慨を持った。



家に着き、さっそく、ガラスの器に浮かべた。

明日になれば、また、花を咲かしてくれるかもしれない。

そう思いながら床に着き、早朝のキッチンの窓辺で、再び開いた花を見つけた。


ありがとね、、、、、


そんな思いでいっぱいになる6月の梅雨入り前の朝。













< 似てる?? >




IMG_8428_convert_20150606105405のコピー
夜になって花びらを閉じ、そのまま落ちて転がっていた沙羅双樹の花。












IMG_8464_convert_20150606103400のコピー
なんか、シーちゃんに似てる。









IMG_8468_convert_20150606103443のコピー
そお?   沙羅ちゃん、に改名してもかわいいかも!   沙羅・シルク、、、、








IMG_8498_convert_20150606102230のコピー
翌朝、咲いてくれた、、、、、ありがとう!  嬉しい。








IMG_8502_convert_20150606110440のコピー
夜になるとまた閉じて、、、、、その翌日も咲いてくれました。











※沙羅双樹は、夏ツバキ、ともいいます。










いつもありがとう
にほんブログ村 インテリアブログ ペットと暮らすインテリアへ
にほんブログ村











IMG_3452_convert_20140824235527.jpg


新緑と紅葉のあいだに


台風が去ったあとも、風はまだ、吹き荒れていた。
強い日差しをよける為の日傘も、何度もオチョコになる。
バスに乗り、車窓から外を眺めていると、街路樹も、庭木も、電線も、
絶え間ない突風にあおられて大きく揺れ、しなっていた。

バスが、一つ目の停留所で止まった時、
バス停前の傾斜地に植わったたくさんの大木の葉が、一斉にめくれ上がった。
倒されるのではないかと思われるほどの強風にしないながらも、
葉裏は太陽の光を反射し、白く硬質な輝きを世界に振りまいていた。
そして突風がおさまると、大木は静かな元の木に戻った。
白銀に輝く木は、一瞬にして、地味な濃い深緑に変化する。
ギザギザの葉は、秋にはたくさんのどんぐりの実を付ける檪の木だった。

バスを降り、電車の窓から飛び込んでくるケヤキの木々も、
母が入院する病院の送迎バスから見える桜並木の木々も、
よく見れば、うっそうと深緑の葉を生い茂らせていた。


春の芽ぶきから新緑へ変わる時の瑞々しい美しさも、
秋の鮮やかな彩りの美しさもない、
ただこんもりと盛り上がり、暑苦しいだけの印象の真夏の葉たち。
人はただ木陰を利用するぐらいで、鑑賞の対象ともならない。


だが、台風の季節に、しっかりと根を張った木々の上に生い茂る葉は、
そのふところに巣立ったばかりの幼い小鳥たちを隠し、
毛虫や羽虫、彼らのエサになる虫たちを宿し、
命を育てているのだ。
逞しい夏の深緑の葉に守られ、生き抜いた小鳥たちは、
秋には、たくさんの実をついばめることであろう。


台風の影響がまだ残る郊外の街では、
新緑と紅葉のあいだの深緑の木々が、命まっ盛りの強くて逞しい美しさを見せてくれている。




2014年8月吉日記  「 エッセイ  バードランド 」




※無断転載を禁ず。



暮らしを楽しむ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村








< 緑の生まれる季節。>


4月からは花のシーズン、ということで、
花をめでる人は多い。
が、私は、どちらかというと、
緑の美しいシーズンだ、という想いが強くて、
木々の新緑を毎年楽しみにしている。


わが家に車があった頃は、
高速道路から見える里山の新緑の山肌に、感嘆したものである。
雑木がそれぞれに芽吹き、様々な色あいが霞がかったグラデーションを織りなす。
山全体を覆う、その美しさ。


そして、今年の4月も、いつも乗る電車から、
美しい緑の光景と出会った。




電車は、一駅のあいだに、ケヤキ並木と雑木林の端を通る。
そのケヤキ並木は、実家の団地のものである。
線路沿いのケヤキの葉が、トンネルのように、電車の上を覆っている。
いつの間に、こんなに大きくなったのか、団地のケヤキは、、、、
と、新たな感嘆も起こる。


新しい葉は、薄くて柔らかそうだ。
上からの日差しが透けている葉裏の美しさ。
それがまた、何層にも重なりあって、
陰影を造り出す美しさ。
重なり合った葉と葉の隙間からこぼれて来る光が、
車窓に乱反射する美しさ。


短いひとときではあるが、
光と同じように、心も、喜びに弾む。



ケヤキのトンネルを抜けると、今度は、雑木林が見えて来る。


雑木もまた、種類の異なった楢や、柳や、くるみや、竹など、
それぞれに、新しい葉を産み、育て始めている。
形や色合いの異なる新緑が、
やはり、春の柔らかく、軽快な光のもとで、
活き活きと輝いている。




電車を降りて、
わが家へと向かう、下り坂。
前方に広がる青空と、
その下の団地と、
緑の芝生と生け垣。


全てが、春の日差しを浴びて、
優しく、美しい。



「Karr-r.」
子育て中のハシブトガラスが一羽、頭上の電線に停まった。
最近、見かける団地のカラス。


天高い電線の上で、
カラスの太い嘴も、
春の日差しを浴びて、光っていた。








              2014.4.30




IMG_0803_convert_20140507211454のコピー



暮らしを楽しむ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村












WHAT'S NEW?