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< お天道様がいるから、大丈夫。>






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退院の日の朝も、またもや先のおばあさんの声に起こされる。
この時は、赤ではなく、黄金の朝陽だった。


大部屋の入院生活なので、3日も居れば、他の人の症状、家族関係などは、ほぼわかってしまう。


薄いカーテンで囲われていたって、入れ替わり立ち替わり、医師、研修医、看護師から病歴を繰り返し聞かれ、会話は筒抜け。

見舞いの家族との会話も、筒抜け。


プライバシーはゼロ。



3人3様、(私も入れれば、4人4様?)、超個性的なメンバーだった。


24時間、眠ってるとき以外は言いたいことを言いたい放題、延々としゃべり続けるおばあさん。
もはや、ひとりごとなのか、会話なのか、区別なく、しゃべり続けなければいられない人。

どんなに体調が悪くとも、医師にも、看護師にも、清掃員にも、私たちにも、誰に対しても区別なく、同じく、丁寧に、ありがとうと言って礼儀正しく対応するおばあさん。

食事の時と、消灯までは、ほとんど病室にいないおばあさん。
(多分、おしゃべりおばあさんがあまりにうるさ過ぎて、病室にいるのが、辛かったのだろう、、、、、。)
デイルームでは、けっこう話した。



皆、70歳以降の人たち。


背負ってきた人生も全く違うし、それぞれの環境が、そのままその人の人格を作り上げていることがよくわかる。


皆ご主人はもういなくて、息子さんや娘さんに、病院のことは、世話をしてもらっている。

でも、家に帰れば、一人暮らし。






10日間の入院の間、いろんなDEEPな体験をした。







お別れの日ともなると、

おしゃべりおばあさんは、涙が出そう、、、、と、惜しんでくれたり、

丁寧なおばあさんは、また、いつか元気でいればどこかで会えるでしょう、と大人な対応でご挨拶してくれ、

いつもいないおばあさんは、最後は、どこかへ行っていなかったけど、
多分、どこかで泣いていたんだと思う、、、、、病室以外では、ずっと仲良くしてねと言っていたから。



今までの入院生活が長い人も、


これからの入院生活が長そうな人もいるから、


退院するときは、静かに、ひっそりと、帰るつもりでいたけれど、


なんか、ちょっと、予想以上に大げさになってしまったかな。




私なんか10日間だもの、、、、、。 







病院を出て、


土地神様にお礼参りをして、




再び、病院の前を通るときに、 ふとこの曲が流れてきて、



家に帰って来てから、しばらく、ずーっと聞いていた。 



10日間の緊張から解けて、解放されたような感じだった。




















最後の最後の日の朝にも、見られた朝陽。



病室のみんなも、早く、帰れますように。

そして、何処かは知らないけれど、それぞれの場所で、

あのお日様の元、自分の生活に戻れますように。









このブログに、日が昇る、ってタイトル付けたのも、なんか、示唆的なものを感じる今日この頃。






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< あの日皆で見た真っ赤な朝陽を、私は一生忘れない。>





今日で、手術から1ヶ月。





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手術の日の朝、カメラがなかったから、ケータイで撮った朝陽。ケータイなので小さいけれど、本物はもっと大きくて、赤くて、神々しかった。








手術の前夜は、不安でなかなか寝付けなかった。

薄いカーテン1枚で隔てられている小さなベッドの上で、

多分、誰もが、生き死にと隣り合わせの孤独のどん底で、

眠れない時間を過ごしていたんではないのかな。






私は、改めて、この国の神様のことを思い、私たちのために祈ってくれている存在のことを思っていた。






明け方、夜通し大イビキの同室のおばさんが、わぁ~~~きれいな朝陽~~~、と叫んだのに起こされて、

窓辺に寄っていったら、大きな、真っ赤な太陽が海の上に出ていた。

赤い光は海を伝わって、私たちの住む陸まで一筋の太い希望を注いでいるかのようだった。



気が付くと、部屋の皆が、朝陽を見に集まってきていた。




私は、朝一番の手術だったが、次に予定していた人も来て、きれいね~、としばし見とれていた。


今日の手術は絶対うまく行きますね! うん、全てが、うまくいく気がする!病気もきっとみんなよくなるわね。がんばりましょうね!がんばりましょう!!


お互いに、あまり知らない者同士なのに、なんか、涙を浮かべながら、手を握り合っていた。





朝陽は、お天道様、神様だもの。








皆のことを見守っていてくれて、







きっと、みんな、うまく行く。




















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< 移ろう花。>








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先月中旬病院に出発するときには、まだ花が咲き始めたばかりだった、沙羅双樹や、アジサイの花は、
10日後の退院の日には、もう盛りのピークを越えて、少しずつ、花を落とし始めているころでした。







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沙羅双樹の花は、特別、母との思い入れが深い花なので、
久しぶりに通る沙羅双樹の並木道は、感慨深いものがありました、、、、、。



透き通るような蝋のような花弁は、落ちてからも美しく、
母と二人で拾って、家のガラスの器に浮かべて、しばらく愛でた記憶があります。



もし母が生きていて、今回の一連のことを知ったら、母は、どう思うだろうか?
なんて私に言うのだろうか?



ふと、そんなことを考えてみました。






きっと、悲しむに違いないだろうし、
励ましの言葉もくれるだろう。



私たちが、あの時、母が同じ病気になったときに、したように。







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存命の親・きょうだい、親戚には、病気発症のことも、手術・入院のことも、まったく知らせていません。
(、、、、、というか、知らせる術もないので。)





だから、余計に、そんなことを考えたりするのかもしれません、、、、、、。














< 偶然の掛け時計。>







入院の時、手術前も、後も、(特に後の入院生活で)
ずいぶんと緩和ケアの先生には、お世話になりました。


無機質な総合病院の待合室の壁にかかっていたのは、
見慣れた掛け時計でした。

私の部屋にある掛け時計と全く同じものだったのです。


私の掛け時計は、昔、地方に移住した時に、母が引っ越し祝いとして贈ってくれたものでした。
母にどんなのがいい?と聞かれて、自分の趣味趣向にぴったり合っていたのを、リクエストしたものです。
東京に戻ってきてからも、25年間、大事に使っています。







夕べ、寝ながらふと思ったんですが、
あれも、母が、私を守ってくれたんじゃないかなぁ、、、、、、と。







きっと、そうに違いない、と思ったのであります。









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< おまけ。>


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俺っちも、一緒に行くニャ!
入院前夜、何も知らずに、私のキャリーバッグの持ち手に止まっていた桃タン。(笑)


< お彼岸。>




お彼岸に逝く人は、人徳のある人なんですってよ、、、、


母が亡くなったときに、棺に眠るその顔を見ながら、母の友人の一人が私に言った。


母が通い続けた、仕事場である集会所では、その日も、合唱部の方たちが隣室で練習をしていて、


里の秋、を歌っていた。



教室のお弟子さんや、老人大学の生徒さんたち、先生方、仕事のお仲間、お友達、ご近所さん、、、、

一週間近い集会所のお通夜には、毎日たくさんの人が何度もお別れに来てくれた。


わあ、先生かと思った、お嬢さん? 似てらっしゃるわねー、と言って、
私に抱きついてくる人もいた。


火葬場の予約が取れなくて、ぎりぎり6日のお通夜だったが、それも、みんなとの別れの時間をたっぷりとるための、神さまの配慮だったのかもしれない。




お式の時も、予想をはるかに超える100人以上の人が、名残を惜しんでくれた。


















< お中日。>





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あんこん食べたーい! と母が言うので、おはぎと、大好物のリンゴをお供え。




お母さんって、幸せだったよね。


結局、好きなことやって、生きたんだもん。

好きな人と結婚できて、
好きな人の子供産めて、
好きなこと仕事にできて、
逝くときは、家族と、たくさんの人々に見送られて、、、、、








家庭も仕事も充実、とか、母としてもキャリアウーマンとしても輝いて、とか、
「女の指標」みたいなこれ見よがしなキャッチコピー、私は大嫌いだけどさ、
あなたは、一応、それを達成したわけだし、、、、、


しあわせじゃん!!!





気が付けば、


私は、あなたとは真逆の人生だけど。w( ̄o ̄)w










< ふるさと。>









この曲を聴くと、泣けて困る、といつも言っていた母。
うちに来て、イルディーヴォの「ふるさと」聴いても、鼻すすってたね。





あの頃、ふるさとって何処なのかわからなかったけど、


今年になって、やっと、見つけられたよ。





今は、本当のふるさとについて、勉強中。





お母様、、、、、、、、乞うご期待。 








                 2016.9.23  彼岸の母とご先祖様へ、感謝を込めて









いつも、ありがとう。m(__)m

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< 夏の終わり、秋の気配、母来たる。>





朝8時、虎ノ門ニュースが始まったので、慌てて、ベランダに出て洗濯物を干した。

台風一過で晴れたけれど、顔に触れる空気は湿っていて、おまけにじりじりと暑い。

ああ、今日からまた猛暑復活なのか。



眠る時間が明け方なので、いつもニュースの後半で眠ってしまう。

現実とも、夢ともわからぬ世界にいつの間にか入り込んでしまう。

夢見心地のところで、誰かに尻をピシャッと叩かれた。

慌てて飛び起きると、ふすまの向こうに誰かの気配がする。

「あっちゃん!」

母の声だ。



なんだ、母か、、、、、、。

やっぱり母は生きていたのか。


襖からひょこっと母の姿が現れる。

水色の夏服を着て、ニコニコしながら、

「おいしいお蕎麦、買って来たから、お昼に食べよう!だから、もう起きなさい。」と、

腕に抱えたそばを嬉しそうに私に見せる。

母の田舎の、おいしい○○○そばが4袋。


あいかわらず、元気な母。

私を呼ぶ時の、大好きだよ、の顔。

久しぶりだな、こんな風に呼ばれたの。

なんか、嬉しい。


今日は午後から、母とまた、あのお店で、お茶したいな。


、、、、、、なんて思っているうちに、はっと目が覚める。




なんだ、、、、、、夢だったのか。



とてつもない寂寥感に襲われる。





やりきれないので、サッサと起きて、月末の今日中にしなければならない仕事のために支度をし始める。

充分に寝ていないうえに、食べてないから、蒸せるような暑さにくらっとする。




街のお店は、先週末から、もう秋バージョンに商品も展示も模様替えだ。

いつもの雑貨屋さんに行くと、コンコンブルも、秋バージョンに総入れ替え中。

「新しいのになりましたね」

「またポイントデーにお待ちしております」

すっかりお得意さんの私。

秋バージョンに備えて、100均で小物なども探してみる。



あちこちの用事を済ませ、日が暮れてくると、空気が涼しくなった。

今までのような、熱帯夜ももう終わりなのか、、、、、

季節も、少しずつ、秋の気配を漂わせ始めている。

明日は、夫の誕生日。

平日なので、帰りに実家に寄ってくるという。

お義母さん用に買ったお茶もお菓子も、イチョウやモミジ、秋バージョンのラッピング。


本当のお母さんが、生きてるって、いいよね。



街灯の明かりも暗い、坂道を下りながら、

今日会いに来てくれた母の姿、声、笑顔を、

何度も思い返そうとする自分が居た。


















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